おきなわのこと。

5月15日、沖縄返還40年。
返還時、沖縄以外の日本の米軍基地は60%減らされたけど沖縄は20%だった。
だから今も沖縄には日本の米軍基地の大半があることになる。

沖縄を思うと沖縄出身のともだちを思い出す。

彼女とは米兵が起こしたあの暴行事件の後に知り合った。
美大に通うために那覇から出てきて二年だと言っていた。
私にはそれまで沖縄の知り合いがいなかったので、その頃行ったばかりの沖縄スタディツアーの興奮さめやらず、勇んで基地のこととか話そうとして。
大失敗だった。

基地は生まれた時からあるから。
彼女はそっけなかった。
ナイチャーにはわからないと思う。 そんなに簡単に基地はなくならない。
その言葉が刺さった。
簡単に考えてるつもりじゃなかったけ ど彼女にはそう見えたんだ。
彼女とは音楽や本の話でよく盛り上った。
基地のことも話したかった。
でもそれは長い時間かけて語り合うことだったから。
それから数年越し。 彼女といろんなところに行き、話をした。
沖縄に一緒に行った。
彼女が沖縄の基地はなくなるといいとハッキリ言葉にした。
沖縄から内地に来てそして沖縄に帰って見えたものがあると話してくれた。

結局彼女とわたしは基地のことばかり話していたわけじゃなく、好きなこと好きなもの、そういうものが続くために基地のない沖縄の方がいいかもね、と話したのだ。
彼女はわたしと知り合って基地のことを考え始め、わたしは彼女と知り合って無邪気な善意の悪意に気づいた。

40年の時が過ぎても沖縄の空には米軍用機が飛ぶ。
道は戦車が走る。
沖縄のために、という気持ちが先走ることなく、沖縄で生活する人たちからその望む未来を聞きたい。
そしてまた考える。
当事者がいつも正しいとは思わないけどそこを外してはやはりいけないのだと彼女と出会って知った。
彼女は何年前かにナイチャーと結婚して子育ての最中。
忙しくてずっと連絡もとってないけどまたいつか会えるといいなと思う。

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by jellyfish222 | 2012-05-18 23:23 | 雑感